こうげきてきな犬

コンラート・ローレンツという、

ゆうめいな、どうぶつこうどうがくしゃが、

こんなことを、いっているんだワン。


ぶえんりょなまでに、しつこいにんげんが、

じぶんのきもちを、おしとおし、

『うちきな犬が、さわられまいとしているにもかかわらず』

じっさいに、ふれようものなら、

きょうふにかられた犬は、じせいしんをなくして、

にんげんの手のこうげきを、ふうじようと、

でんこうせっかのすばやさで、かみつく。

犬はかみつくばあい、そのだいぶぶんは、

このしゅの、
おそれによるかみつきのれいだと、かんがえられる。


かむ犬は、こうげきてきな犬。

ぼくらは、いつも、そんなふうにいわれちゃうんだワン


でも、ほんとうに、こうげきてきなのは、

ぼくらが、いやがってるのに、ぶえんりょな、

にんげんのほうなんじゃないの?

 

 

 

オオカミと犬 その2

やせいでくらす、ほんとうのオオカミのむれは、
かぞくで「きょうりょく」してくらしているよ。

おとうさん、おかあさん、それからきょうだい。
としうえのオオカミは、

ちいさいオオカミの、こそだてもてつだうんだワン。

こどもたちは、おとうさん、おかあさんのふるまいをまなび、
りっぱなおとなにせいちょうしていくよ。


けれど、人がむりにつくったむれのオオカミは、

ストレスも大きくて、いじょうなこうどうもするし、
じぶんのみをまもるために、あらそうこともあったんだワン。

だから、つくられたむれの中では、

いつも「ちょうせん」しなければならなかったけれど、
やせいのほんとうのオオカミのむれは、

「きょうりょく」をしあうかんけいで、

なりたっていたんだワンよね。

 

犬はオオカミのように、いつもリーダーのイスをねらっている。

そんなことばをつかった「ぶんしょう」や、

「インターネット」のことばをみたら、

あー。それは、人がつくったむれのことをいってるんだな。

ほんとうのオオカミのむれは、ちがうのにな。って、

じぶんではんだんできるように、なってほしいんだワン。

オオカミと犬 その1

オオカミのくらしをしらべれば、犬のことがわかる。
そうかんがえた、むかしのかがくしゃたちは、
オオカミをあつめてきて、そのむれを、かんさつしたんだ。

てきとうにあつめられて、いきなりむれにされたオオカミたちのあいだには、
あらそいがおきたり、たたかうこともあった。

でも、てきとうにあつめられて、むれにされることなんて、
ほんとうのオオカミのくらしには、ありえないことなんだワンよ。

そのむれをかんさつして、みちびきだされたことを、
犬にあてはめちゃったんだワンね。

むれのなかでくらすオオカミとおなじように、
ペットの犬も、リーダーのイスをねらっている。
だから、人が犬になめられないように、

人は犬の上に立たなければならない。ってね。

でも、かんさつしたオオカミのむれが、

そもそも、ほんとうのオオカミのむれとはちがっていたんだから、
オオカミについても、ごかいされてたってことだワン。

じゃぁ、ほんとうのオオカミのむれってどんなの?

これは、とてもだいじなことだから、
あしたへつづくんだワン!

みようとしないと、みえないもの

きょうは、ぼくのおかあさんのはなしなんだワン。

まいあさ、ぼくは、おかあさんがしごとにいくまえに、

いっしょに、にわに出るんだワン。

ぼくが、そとをみたり、あちこちにおいをかいでいるあいだ、

おかあさんは、にわのくさを、じっとみているんだワン。

 

いたいた・・・

 

おかあさんは、じめんにかおをくっつけて、

くさのさきっぽについてる、小さな、小さな、あさつゆを、

カメラでとってるんだワンよ。 

 

そうして、いうんだ。

 

みようとしないと、みえないものって、あるんだね。って。

犬たちの、かいわ。

犬たちの、ことば。

 

どんなことでも、おなじ。

みようとしないと、みえないものって、あるんだね。って。

けんきゅうは、すすんでいるのだ

犬はオオカミのように、

いつもリーダーのイスをねらっている。

だから、犬になめられないように、

人がリーダーになって、きびしくしないと!

 

しんじてる人がおおいんだワンね。

 

犬のけんきゅうがすすんで、

オオカミのけんきゅうもすすんで、

そのもとになったかんがえや、ちょうさのほうほうが、

まちがっていたことが、わかったんだワン。

 

犬を人の下にしなくちゃいけない。なんていうのは、

「ちきゅうは、まるい」のに、

「ちきゅうは、たいら」って、いまだにいってるようなものなんだワン。